ROADSHOW

映画・海外ドラマのコラム、レビュー、ニュースをお届け!

MENU

【Column】穏やかな映像が広がるロジャー・ミッシェルの遺作『ゴヤの名画と優しい泥棒』(2020)

映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』は、『ノッティングヒルの恋人』などで知られる名匠ロジャー・ミッシェル最後の長編監督作品である。1960年代にイギリスを驚かせた実話を基にした優しさ溢れる一作だ。

 

 

ゴヤの名画と優しい泥棒』あらすじ

filmarks.com

 

世界中から年間600万人以上が来訪し、13世紀後半から20世紀初頭までの間の2300点以上の貴重なコレクションを揃え「世界屈指の美の殿堂」と称えられる美術館である、ロンドン・ナショナル・ギャラリー。
1961年、そこでスペイン最大の画家と謳われるフランシスコ・デ・ゴヤの「ウェリントン公爵」盗難事件が起こった。
この美術館の長い歴史の中で唯一にして最大の事件の犯人は、60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン(ジム・ブロードベント)。
彼はゴヤの絵画を‘‘人質’’に取り、イギリス政府に対して身代金を要求。
TVが唯一の娯楽だった時代、その身代金を寄付してイギリスの公共放送であるBBCの受信料を無料にすることで、孤独な高齢者たちの生活を助けようと行動を起こした。
しかし、事件にはもう一つの隠された真相が・・・。約50年後に明かされる、イギリス中を巻き込んだ‘‘優しい嘘’’とは?!

 

1961年に起きた実際の事件を映画化!

www.youtube.com

 

『裸のマハ/着衣のマハ』や『カルロス4世の家族』などで有名な18世紀後半から19世紀にかけてスペイン国王に仕えた宮廷画家フランシスコ・デ・ゴヤ
彼が描いた『ウェリントン公爵の肖像』という絵画にまつわる物語を知っているだろうか?
ウェリントン公爵の肖像』は、1812年から1814年、ゴヤのキャリアにおいて比較的後期に製作されたものである。
もともとは第11代リーズ公爵のものであったが、1961年、ニューヨークの収集家によって、14万英ポンドという価格でオークションに出品された。
こうして『ウェリントン公爵の肖像』はイギリスが国を挙げて獲得することに成功し、ロンドンにあるナショナル・ギャラリーに展示されることになった。
ところがそのわずか19日後、『ウェリントン公爵の肖像』は、ある人物によって盗まれてしまう。
この一連の事件を映像化した作品が『ゴヤの名画と優しい泥棒』である。

 

名匠ロジャー・ミッシェルの遺作

1960年代イギリスは、のちに「イギリス病」と呼ばれるほど、経済の成長が停滞していた。
そのため国民の貧富の差は激しく、戦争を経験した高齢者たちは孤独な生活を強いられ、テレビのみが唯一生活を潤してくれるものであった。
そんな時世においてテレビを視聴するためには受信許可を得なければならず、受信料を支払わなければ違法であるとされていた。
日本も同じであるが、現在でもイギリスでは論争が飛び交う問題だ。
そんな公共放送の形態に異を唱えた一人の男を本作は主人公としている。
前半は主に事件を起こした張本人であるケンプトン・バントンがどんな生活を送っていたのかということを明確にし、後半は主に彼が事件にどう対処していくかが描かれる。
ロジャー・ミッシェル作品に共通しているのは、人々の生活を実に穏やかに映し出すところである。
本作もそこは変わらず、ケンプトンがなぜこのような事件を起こしてしまったのか、そしてなぜここまでしなければならなかったのかということが、優しく穏やかでありながらも、どこか力強いメッセージ性も感じさせる映像で綴られる。
だが絵画を盗み出す場面だけは、どこか全体の中で違和感を感じさせる。
一体何故なのか?それは物語の行きつく終着点に繋がっているものであり、大いに感心させられた次第である。
「人という字は支え合って」とはよく言ったもので、まさに人と人とのつながりによって生まれる強さを感じさせる作品であった。

 

 

名優たちの名演

本作で主演を務めるのは、映画『アイリス』(2001)でアカデミー助演男優賞を受賞していることでも有名なイギリスを代表する名優ジム・ブロードベント
どこにでもいるような老人をチャーミングな表情の数々で体現し、観る者を虜にするその演技は見事としか言いようがなく、さすがの貫禄の存在感を放つ。
どんな時でもジョークを飛ばすような老人を演じているのだが、その中に混在する罪悪感を滲ませた表情に圧倒されたのは言うまでもない。
そんなブロードベント演じるケンプトンの妻を演じるのは、こちらも大女優のヘレン・ミレン
ヘレン・ミレンという女優はどちらかと言えば富裕層のキャラクターを演じていることが多く、そのカリスマ性を遺憾なく発揮する女優であるが、今回は裕福な家庭の使用人として働く老女という役どころで、オーラを消した見事な演技を披露する。
こんな彼女は初めて観たと言っても過言ではなく、思わず立ち上がって称賛を送りたくなるほどの名演だったと言えるだろう。
そのほかに、『ダンケルク』(2017)のフィオン・ホワイトヘッドが息子役を演じ、ケンプトンの弁護士役には『ダウントン・アビー』のマシュー・グードが扮している。

最後に発覚するケンプトンの優しい嘘・・・。
裁判所の窓から差す陽光がとても印象深く、最後の最後まで優しさに溢れた作品であった。(文・構成:zash)
 

映画情報番組『What's Up Hollywood』YouTubeで更新中!

www.youtube.com